読んでみたい本

あまりの寒さにキレながら通勤しています。
『寒い冬より夏が好き』が年中確定しているatsuyaです。








面白い本が出ているようです。

感じない男 (ちくま新書)

感じない男 (ちくま新書)

まだ読んではいないのですが、なかなか面白そうです。
この本は男の性を赤裸々に語っている本で、
ロリコン』『ミニスカ』『制服』
に自分の主観で言及しています。
そして注目すべきはZYXBerryz工房を名指しで
語っているところです。


〜本文より〜
これらのグループは、音楽が好きで元気な女の子というイメージで売り出しているが、その背後には「セックスに満ちた少女たち」というサブリミナル(見ている者の無意識にはたらきかけるようなメッセージが巧妙に仕掛けられているのである。
たとえば、「ジックス」のデビュー写真を見ればすぐに分かるのだが、小学生の少女たちは、大人の女性が着ているようなフェミニンで肌があらわになる服を着させられており、全員がへそ出しの姿でウエストを強調している。このような格好を見せられたときに、大人の男性の多くは、自動的に「セックスに満ちた女」をそこから読み込むように訓練づけられているのではあり、その結果、性に満ちた視線が小学生の彼女たちに向けて集中して注がれることになるのである。
Berryz工房」の小学生たちもまた、大人の女と同じようなフルメイクをしており、写真を見ただけではとても小学生とは思えない風貌をしている。小学生なのだけれども、体はもう大人であり、一人前に恋する女の子なのだというメッセージを視聴者たちは受け取れるようになっている。そして少女たちの年齢は、年を追うごとにどんどん低くなっているのである。
これらの少女たちをメディアで見たときに、彼女たちを、単に「かわいい女の子」としてのみ見ている男がいったいどのくらいいるのだろうか。かなり多くの男たちは、彼女たちに対して、どこかしら後ろめたいような気持ちで見ているのではないかと私は推測する。


私はこの一文を読み、妙に納得しました。
確かにその通りだと。
少なくとも私はベリッコ達を女性としてしか見たことがありません。
正しく言うとデビュー当時は流石に子供っぽいと思ってましたが、
スッペシャル ジェネレ〜ション』以降はモーニング娘。と同じ視線で
見ています。
つまり中2、中2、中1、中1、中1、中1、小6、小五の8人で構成された
時です。
この時に、私は大人の女性集団として見るようになりました。
ただし、『後ろめたいような気持ち』を持っているのか?
との問いにはハッキリ答えられません。
『後ろめたい気持ち』ではなく、『後ろめたいような気持ち』というのが
クセのある問いなのですが、
『心の恋人になりたい』
というのが本音でしょうか?
『キスまでなら超ギリギリOK』
ですね。
つまりヤりたくない。


以前『桃子にちくわを喰らわせたい』と書いたことはありますが、
勢いでそう思ってしまいましたが、落ち着いて考えると
ヤりたくはありません。
そんな対象ではないのです。
彼女たちの笑顔や健康的な肉体を見ているだけで幸せだからです。
つまり私的には『ライブが100点のエロス』になっていて、
それ以上のエロスは存在していません。
握手会も100点ですが、100点を超えることはありませんでした。
(この場合ベリではなく、美勇伝でしたが。ベリは握手会未経験)
だからよく友人に真顔でロリコンと断定されますが、
どうも納得できない理由はここにあるのです。
私はむしろイエキャブの女の子たちの方が対象です。
目的が違います。




〜そしてさらに興味深い一文〜
ロリコンの男性の中には、『男というのは汚い』という意識が育って、
「自分はまちがって男性になってしまった」という気持ちがあるのではないか。
彼らが平均初潮年齢の女の子、
つまり男性と女性の分岐点にたっている少女に執着するのは
自分自身がその少女に「なりたい」からではないか。
そして本来曲がるはずだった女性へのカーブへと曲がりなおしたいのではないか?


この一文にも納得しました。
確かに私は彼女たちに憧れています。
生まれ変われるのならば、友理奈級の美少女に
生まれ変わりたいとすら願っています。
私はよく、『Berryz工房は夢の世界を与えてくれる』
という意味のことを書いてますが、
自分がBerryz工房と共存するのではなく、
自分自身がBerryz工房になりたがっていただけなの
かもしれません。